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クジラとイルカの町太地町
クジラとイルカの町太地町
和歌山と言えばぜひ行きたかった町が有る。クジラとイルカの町太地町だ。
クジラのパフォーマンス
日本の捕鯨の発祥の地として現在まで400年の歴史の有る街だ。太平洋で木造船数隻で巨大なクジラと時には死者が何人も出るという命を懸けた壮絶な戦いをする。彼らは源平合戦で源氏を大勝利に導いた世に名高い熊野水軍の末裔達かも知れない。等と勝手に思いながら・・
昔の捕鯨船?
昼過ぎに太地町について先ずクジラ料理専門の店“くじら屋”へ飛び込み“何がおススメですか?”クジラ屋ランチがお得ですよ。と言う訳でそのクジラ屋ランチを頼んでみた。クジラ料理等今時東京では殆ど食さない。
これが有名な”くじら屋”
僕らの子供の頃は栄養価も高く安い食料として学校給食などでマズイ脱脂粉乳と中が空洞の硬いコッペパンと一緒にクジラの竜田揚げやベーコン等が度々出されていた事を思い出す。
それがクジラの漁獲制限等で近年高級品になっている。時々クジラのベーコンなどスーパーにも並べられていたが。それも殆ど見かけなくなった。たまに専門店で目にする程度だ。
今回もどの部位もたくさんでは無く少しづつ色々食べて見たいと思っている。クジラの大和煮、サエズリ(舌)の吸い物、竜田揚げ、ミンククジラ、ナガスクジラ、イワシクジラの刺身三点盛り等などが次々に配膳された。
クジラの刺身”3点盛り”
吸い物は脂がのって舌触りは良いがチョット匂いが鼻に着いた。その他の料理は柔らかく美味しく頂けたが味の違いは良く判らない。


クジラのステーキなど・・
肉の種類として馬刺しの様な噛みごたえがした。度々食べて見たいと思うほどの料理では無かったが日本の捕鯨発祥の地で本物のクジラ料理を食した満足感が有った。


ここ暫く調査捕鯨以外は全面禁止になっているのかと思ったがそうでは無いらしい。“国際捕鯨委員会は大型クジラの捕獲は規制しているがイルカや小型クジラの捕獲は規制していない。しかし大型クジラの捕鯨規制も例外として先住民が生計のための捕鯨は許されている。”との事。
アメリカなどは昔、鯨油目的に相当な乱獲をしたらしいが原油が見つかったお陰で“捕鯨反対”になったようだ。
因みに2012年:米69頭、ロシア140頭、デンマーク167頭捕獲されている。ノールウェイとアイスランドはIWCの規制に反対しており各464頭、52頭捕獲したとある。日本は先住民生存捕鯨も商業捕鯨もしておらず生態研究目的に424頭捕獲した。資源が枯渇しないように各国が自主管理のもとに行われている。世界中それぞれの国ではそれぞれの文化や食生活が違うのだから一方的な強制はするなと言いたいところだ。
満足した足でここから数分のクジラ博物館へ行く事にした。

入場間もなく隣接するプールでイルカそしてクジラのパフォーマンスが有ると言う。へーあのクジラに芸を教える事が出来るの?
宙に舞うイルカ
入江を仕切って造られたプールの観客席で待っていると黒ずんだ幾つかの大きな波が立ちすぐに背びれそして背中が見えた。キタキタキタ~!5mチョットの小振りの数頭のゴンドウクジラだ。
巨大なクジラの曲芸
調教師の笛と白い手袋の合図でジャンプしたり調教師の筏に乗って餌をせびりに行ったり・・数頭のクジラが一度にジャンプする。
調教師から餌を貰っている・・愛らしい
クジラの水平飛行
波しぶきも激しくかなりの迫力が有る。“キーキーキー”イルカと同じような鳴き声を上げる。昨年夏、北海道知床沖でで数時間かけてホエールウォッチングに出かけたが1~2度瞬間的にシッポだけ見たが今まさに目の前で大きなクジラがジャンプして芸をしている。結構イヤされる。
ショーが終わった後は観客席のすぐ足元まですり寄って来て餌をねだる。調教師が口を開けたり歯ぐきを見せたり・・全く抵抗しない。あの大きなクジラがカワイイしぐさだ。よくこれまで訓練出来るものだ。それもそのはず体長4m以上をクジラ、未満をイルカと言うらしい。・・知らなかった。


別れを惜しむかのようにキイキイと泣いている?
ここでは全国各地の水族館に引き渡される前のカワイイイルカ達の訓練もしているとの事。アーそれでここのイルカのパフォーマンスはレベルが高いのだ。1時間足らずのショーであったが大満足した。
今、世界で動物愛護団体から色々な話も出ているが頑張って欲しい。そして乗って来たレンタカーで帰途“くじら屋”の横を抜けてホテルへ向かった。何とも言えない気持ちになった。カワイイ羊牧場に観光に行ってジンギスカンを食べるのと同じだと考えて自分を納得させた。
これで僕の今年の正月休みが無事終わった。
今年に入りアメリカでは以外にもトランプ氏が大統領になりイギリスがEU離脱する。“さわぐ酉年”と言われている。望むところだ!当社も方向を見失わないように少しでも前に進むようにしっかりとした1年にしなければならない!クジラ達も頑張っているのだから我々もモット頑張らなければならない!と自分に言い聞かせている。
水江 一正
世界遺産・熊野三山めぐり
世界遺産・熊野三山めぐり
「伊勢に7度熊野に3度どちら欠けても片参り」と言われている。
僕は伊勢には3回参拝しているが熊野は初めてだ。
先ず熊野本宮大社から参拝する事にした。日本全国に有る熊野神社の総本山だ。
熊野本宮大社
サッカーの試合などで良く見かける日本サッカー協会(JFA)のシンボル八咫烏(ヤタガラス)ののぼりを左に見て大きな鳥居をくぐる。
”八咫烏”ここが発祥の地?
整理された杉の大木の間の急な階段を息を切らしながら登る。朝早かったせいか辺りは静かで凛とした空気の中少々肌寒かったが登っている内に体が火照ってくる。
総門手前に手水場が有る。左手、右手、口すすぎ最後に柄洗いをして心を清め本宮へ・・

最近はこの作法を知っている外国人も・・
ここの本宮へ神が祀られたのはおよそ2千年前との事。総門をくぐると威厳に満ちた姿を見せるのは二殿四社の社殿は重厚なヒノキ葺きである。
主蔡神は“スサノウノミコトとの事、左ふすみの大神(イザナミのミコト)、速玉大神、(イザナギのミコト)中央、けつみみこの大神(スサノオノミコト)、左アマテラス大神が祀られているとの事。
この地に神の降臨が有ったとされている。とてつもない大変な神社なのだ。しかし社殿にしてはあまり大きくない。聞くと明治22年のこの地方の大洪水のお陰でここに移築されて当時の8分の1の広さになったそうな。
熊野本宮大社旧社
それぞれの神様に参拝できるように4か所に賽銭箱が有る。参拝の順番が示されていた。それぞれに御賽銭を入れて2礼2拍手1礼、・・(実は主祭神について後で案内書を見て知った。小銭を持ち合わせて無かったせいも有り“なんで賽銭箱が4つも有るんだ?”等と日本の国を興した神様の前で思ってしまった。反省をしている。事前にもっと知識を備えておくべきだった。小銭が無ければお札を入れるべき神社だった。
4ケ所の参拝は大変だ~(-"-)
今日は12月31日だったせいも有り参拝客は少ない。僕は今、来年のお願いをしている事になる。後ろで鬼が笑ってこの参拝は相手にされていないかも知れない?等と思いながら・・取りあえず無事参拝を終えた。
今でこそ道路は舗装されてマイカーや観光バスに乗って簡単に参拝できるが千年以上昔の道路事情はどうだったのだろう?この地、熊野は伊勢に比べ参拝するには都より離れており気の遠くなるような旅の末たどり着いたとの事。男女貴賤を問わず来るもの全て救うと言う寛大さが熊野の神々の魅力だったらしい。
一次途絶えたが江戸時代に徳川頼宣が熊野三山の復興に力を入れ“蟻の熊野詣”と言われるほど最盛期を迎えたとある。
ここの八咫烏は神武天皇東征の時に熊野から大和に入る険路の先導となったと言う。そしてその足で神が降臨されたと言う今の8倍の広さだったとされる元の社殿跡と日本一の「大斎原(おおゆのはら)」大鳥居を見て速玉神社へ向かう事にした。

”大斎原(おおゆのはら)”の日本一の大鳥居
案内書によれば熊野本宮大社に詣でた人々は熊野川を下り熊野速玉大社参拝後に熊野那智大社へと向かうとある。我々はレンタカーで移動した為、速玉神社へは30分程で着いた。
パワースポットの一つ速玉神社は鮮やかな朱色の社殿だ。
熊野速玉神社
今日は天気も良く朱色の社殿と良く澄んだ空の青とのコントラストが絶妙だ。


朱色が澄み切った空に映える!
仕事を離れてくつろいでいる・・って感じだ。入口には平重森のお手植えとされる国の天然記念物にもなっている樹齢千年以上の「ナギ」大木が有る。

そのナギの葉と熊野牛王を頂く事が難行熊野詣でを無事果たした大きな支えだったそうな。
侍JAPANの八咫烏(ヤタガラス)のお守り買い求めフト周りを見回すと案内書に有るあの大きな“コトブキ岩”が見当たらない。
熊野本宮の”八咫烏”
入り口でミカンを売っているオバサンに“コトブキ岩”は何処?アー神倉神社ね?
神倉神社・・行ってはいないがかなりキツソ~
そこはここから2㎞ほど先の山の上ですよ。山の上?石段が有る?ソー538段の石段が有るわ。観光客は皆行く?石段きついから1割か2割かしら?ソージャ我々も次回に?等とバチ当たりな判断をして那智大社に向かう事にした。
案内書によると熊野那智大社は那智の滝を神とする自然崇拝から起こった社で神武天皇が那智の海岸「にしきうら」に上陸された時に那智の山に光が輝くのを見てこの那智の滝を探り当てられた。


荘厳な”那智の滝”
那智の滝は「一の滝」でその上流に一の滝と併せて四八の滝が有り熊野の修験の修行道になっているとの事。この地もやはり世界遺産に登録されている。
熊野那智大社
広大な地域と聞き及んでいた為レンタカーで出来るだけ上に登る事にした。終着と思われる大きな駐車場も通り越し狭い急な上り坂を昇り切ったところに那智大社の駐車場が有った。
素晴らしい!
那智大社
朱色の3重の塔、那智の滝がバランスよく見える。絶好のカメラアングルだ。

ここ熊野那智大社はイザナミノミコト言われる夫須美神は万物の成長育成を司るとされ農林水産、漁業の守護神として崇められているとの事。
社殿は仁徳天皇の御世(317年)に現在の位置に創建され平重盛が造営奉行となって装いを改めた。その後、織田信長の焼打ちに会い豊臣秀吉に再興され徳川吉宗の尽力で享保の大改修されたとある。
拝殿の近くに平重盛が手植えしたと言われる樹齢850年と推定される楠の大木が有り幹には人が中に入れるほどの洞が出来ている。

樹齢850年!
この壮大な地域もその時代の政策により信じがたい盛衰が有った様だ。ここの那智大社には那智山青岸渡寺が隣接している。

那智山青岸渡寺
明治時代に廃止された後も熊野三山中神仏習合時代の名残を残しているとの事。そう言えば僕も色々神社仏閣を参拝する事が有るが”神社とお寺が隣接している”のは初めて見る。
今日一日を振り返り残念だったのは時間が無いからと入口の大門坂を素通りしてしまった。夫婦杉の間を通り抜け苔むした石畳の熊野古道を歩いて467段の階段を上り汗をかき茶店で団子を頂きながら・・

タップリと時間を取って那智大社に御参りをしなければ本物は味わえなかった。今度はゆっくり時間を取ってもう一度参拝をし直さなければならないと感じた。
昔から熊野三山は「黄泉還(よみがえり)」の地と言われ神々が隠れる深中霊地の地、熊野に入ると心を蘇らせる事が出来、新たな気持ちになる。又、熊野は「人生出発(たびたち)の地」と言われて神が住む場所とされていた。
「熊野本宮大社、速玉大社、那智大社」を参拝すると幸せになれると信じられていた・・そうな。
やはりこの神々が隠れる霊地、熊野三山を駆け足1日で参拝をするのは少し無理が有った様だ。そこで思い出す。「伊勢に7度熊野に3度どちら欠けても片参り」・・も一度ゆっくり時間を取って出直そう。これでは御利益も半分だろうな?
”日本での観光の始まりは巡礼の旅でありその起源は熊野詣であると云われている”
追記:ちょっと気になる話!
速玉神社入り口の樹齢千年のなぎの木と那智大社の樹齢850年の楠の木は共に平重盛に手植えをされたとある。すると平重盛は2百歳以上の長寿だったのだろうね?きっと桃太郎が桃から生まれたってことか?
いずれにしても一度は来て見たかった熊野・・何となく納得した様な出来なかった様な参拝だった。今年1年ご褒美貰えるように頑張ろう!
☆☆☆ミシュランガイドの三ツ星“わざわざ旅行する価値”がこの熊野には有る・・そうな 水江 一正
天空の聖地・高野山参拝
シンプルな高野山駅
高野山と熊野三山めぐり
今年の年末年始は高野山と熊野三山めぐり即ち和歌山県を回って見よう。
と言う事で天空の聖地高野山へ向けて朝7:30の新幹線で新大阪経由高野山へその日の昼過ぎに到着、
12月29日標高900m時おり小雪舞う底冷えする日でした。
SNS等でしっかりと高野山の情報を取って来ているのだろう山頂へ向かうケーブルカーにはヨーロッパ系の老夫婦が多い、中には若い美人のお嬢さん達アベックもいて大きな声で会話している。

南海高野山駅と極楽駅をつなぐケーブルカー
英語でもフランス語でもない?(何となく・・・?)何処の国の人達だろう?長期滞在するつもりか特大のスーツケースを持って乗車してくる。
彼らは上手に旅行をしている。コンビニでパン、おにぎりやカップ麺を買い求めベンチで楽しそうに会話しているのが印象的だ(この寒さの中タフである)。
我々とすれば日本文化の一部でも感じ取ってもらえば良いと思うし日本を好きになって帰って欲しい。
この地には多くの宿坊が有る。朝の護摩祈祷、話法、落ち着いた畳の部屋にこたつ、そして立派な襖絵と日本庭園初めて見る外国人にはたまらない魅力だろう。
そして質素だが良質な温泉も出る。我々も案内書に添って壇上伽藍、金剛峰寺そして奥の院を回る事にした。
途中に立ち寄った”大門”
樹齢800年以上の杉の大木の間をバスとタクシーを使い先ず壇上伽藍へ、

壇上伽藍
案内書によると弘法大師が2年の入唐留学を終え唐の明州の浜より帰国の途につかれようとしたとき“伽藍建立の地を示し給えと持って居た三鈷(さんこ)を投げられた.

飛行三鈷杵(伝・弘法大師所持)

根本大塔前の三鈷の松
その三鈷(さんこ)は空中を飛行して現在の壇上伽藍の建つ壇上に落ちた”との事らしい。朱塗りの根本大堂に並び壇上伽藍が有る。
”根本大塔”
今から1200年前、弘法大師が嵯峨天皇から賜り高野山を開創された折り高野山の中心と見て真っ先に整備に着手した場所との事。
総本山金剛峯寺の境内は「一山境内地」と言われるらしくこの“金堂”がこの山の総本堂だそうだ重要行事はこの金堂で執り行われる
この”金堂”の中にお宝が・・・
との事。そこから5分程のところに金剛峰寺が有り門前で一礼をして階段を昇ると立派な正門が有る。


金剛峯寺参道入り口
この正門、昔は天皇、皇室、高僧しか利用できなかったとか、門の出入りもかなり厳しいルールが有ったのですね?そこをくぐると大玄関と小玄関が有る。観光客はその隣の出入り口から入室して拝観する。良く磨かれたずしりと感じる廊下に添って前に進むと各部屋の襖絵の凄い事、狩野探幽、狩野元信等など小学校の教科書で教わった絵が手を伸ばせば届くほどのところに有る。

1200年前のこの地はどんな山奥だったのだろう?そして全く何もないこの地で修行僧たちは相当過酷な修行を積んだのであろう平安時代のはじめ開かれて日本仏教の生地となっている。事業が大きすぎて想像つかないが紀伊山地霊場として世界遺産登録されるだけの事は有る。
そして最後に奥之院へ山門をくぐり参道に入ると両側に樹齢700年を超す杉の大木が立ち並ぶ。
心が引き締まる・・
この時期、参拝客が少なかったせいも有り会話も無く周りは静寂だ。杉の大木の間から木漏れ日がさしそしてお線香の香りが漂うその中を歩くと荘厳な緊張感と何かに包み込まれる様な気がする。
ガイドマップ片手によく見ると墓石だけでなく慰霊碑や供養塔が数多く見かけられる。
かっての武将達の名前も・・
親鸞聖人、法然上人の他、織田信長、豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信、石田光成、伊達政宗等などの戦国武将の供養塔等20万基のあらゆる階層の墓石と一緒に並び建っている。皇室から一般庶民まで宗派を問わない高野山の寛容さなのだろう。
弘法大師の足元に眠れば極楽往生出来るそうな。
そして弘法大師御廟が祀られている本堂へ御廟橋を渡る前に丁寧にお辞儀をしていよいよ聖域、

御廟橋と本堂
本堂の中では読経が響き護摩の炎が一気に薄暗い本堂を明るくしていた。
“へ~この方が仏教界のスーパースターの弘法大師様か!?”この雰囲気、何とも言えない気持ちになる。手を合わせて数分間色々お願い事をした。すると今僕がやろうと考えて居る事が何でもかなえてもらえそうな気がする。・・しかし、ろくな善行もしていないくせに虫のいい事を頼むな!(どこかから喝!の声が聞こえそうである)と諌められて気もした。
参拝を終えて外に出るとやや薄暗くなっていた。時間はもう午後5時過ぎ、今夜宿泊の竜神温泉へ行くにはもう一山を越えなければならない。冬場バスは出て居ないらしくタクシーで行く事にした。
雪が強くなり道はアイスバーンになっている。対向車は走って居ない当然道路に添った照明も無い。辺りは真っ暗だ。こんなところでトラブルでも有ったらと考えるとうかつにうたた寝も出来ない。1時間半ほどしたら竜神村の灯りが目始めホッとした。
ホテルについたがポーターが出て来ない?フロントには男性の社員がゴロゴロ居るのに失礼なホテルだ、しかしここの湯は有名らしい。
竜神温泉のホテル
群馬の川中温泉、鳥取の湯の川温泉と並ぶ“日本三大美人の湯”だそうだ。湯質はナトリューム炭酸水塩泉(重曹泉)?肌がつるつるしっとりするとのうわさだ。
日本三大美人の湯・・効能バツグン!?
神経痛、筋肉痛、糖尿病に効くとの事。確かに透明な湯で浸かると何となく身体全体に湯泉がじわじわ染み込んでくるような気がする。
湯船で肌をさするとヌルッとした感じが有る。気に入っていつもの様に露天風呂で出たり浸かったり時間をたっぷり使いゆっくりとした。気のせいか確かに身体が軽くなった気がする。そして美人に?なったところで食事に行く事にした。
結構今日は忙しかったが充実した良い一日だった!
弘法も筆の誤り
弘法とは嵯峨天皇、橘逸勢と共に平安時代の三筆の一人に数えられる弘法大師(空海)のこと。 その弘法が天皇の命を受けて応天門の額を書いたが、「応」の字の「心」の一番上の点をひとつ書き落とした。 そこから、弘法のような書の名人でさえ書き損じることもあるものだと、失敗した際の慰めとして、この句は使われるようになったそうな
水江 一正
オホーツク海へクジラを見に行きました!
オホーツク海へクジラを見に行きました
今日はホェールウォッチングの予約を取っている。所要時間2時間半だ。海はこの時期でも寒いよ!用意された合羽を借りて救命胴衣を着けてエッ救命胴衣?“ソー15トンも有るマッコウクジラの群れの中に入って行くのですから?”“このボートより大きいのでは?”“ソー大きいよ”少々緊張と同時に期待もする。

このボートで大丈夫?
全員そろったところで出港!20分も走るとデッキから船長が〇〇時の方向1.3マイルのところで潮を吹いているぞ!!船内にいた客が一斉にデッキに駆け上がった。〇〇時の方向だホラ!僕は良く目が見えない。隣の客は興奮して“アッイタイタ”・・他の客も見えている客と判ら無い客で混乱している。

アッチダ~イタゾ~!
そうこうしている内に400mほど先でズドーンと特大の黒い祭りウチワの様なシッポが水しぶきを上げてそして海中に潜って行った。
見えた見えた確かに見えた。客は全員カメラを構えている。こんな瞬間をカメラに収める事は出来っこない。カメラはあきらめて目視で船長の指さす方を一生懸命探した。〇〇マイル先何時の方向で潮を吹いている!結構緊張をする。何処から現れるか判らない。
この船予約した時にはよくコマーシャルで見かける“クジラのダンス・アリンコのナミダ”見たいにドドドッと飛び跳ねるのかと思ったがそうでは無かった。一度海面に出て来ると1時間以上は潜ったままとの事。その内慣れて来るとクジラは見えないが遠くでも潮を吹いているのは判る様になった。アソコダアソコ、アッホントだ!そうこうしている内に先に出港した他の船がUターンを始めた。

近くて遠い北方領土
船長言うにはこの先はロシアが勝手に決めた国境線が有るのだそうだ。いまいましそうにこの先には魚も豊富だしその魚を追ってクジラも多いとの事。こんなところでも身近に北方領土の理不尽さを感じさせられた。
レーダーでしかとらえられない見えない国境線。こうして漁民の生の声を聞くと“安倍総理”になおさらどうにかして欲しいと思うようになる。PM12:00過ぎ下船した。昼食に何処か?聞くと近くに“ラウス海鮮市場”と言うのが有る。
産直のマーケットでこの時期、観光客でごった返している。その中に“知床食堂”と言うごく普通の食堂が有る。メニュー見てどれも食べて見たかったがウニ、イクラ、カニの三色丼(ミニ)と羅臼コンブラーメンを取った。

オススメ!三色丼
この地域のウニはバフンウニと言って濃厚で甘みが有るのが特徴らしい。

聞くとウニは雑食性だがこの地の高級な羅臼コンブを主食としている為、他の地域のウニとは味が違うとの事。そして羅臼コンブラーメンこれはラーメンにコンブを練り込んだ少し緑がかった色をしており出汁は羅臼コンブの出汁を使っている。サッパリとしているが僕には少々物足りなかった。
美味しい~ダケド・・・?
その後、露天風呂で“満潮時に海中に埋没してしまう秘湯”“セセキの湯”気になって場所を聞いていたところ昨日は湯がドロドロになって入れなかったとの情報が入り仕方ないその先の“相泊温泉”を選んだ。ここから約30分程の距離だ。

アッタアッタ粗末なホッタテ小屋が中で男女に仕切られて湯面は海面と同じ高さにある。目の前はオホーツク海だ。

海が荒れているときはモチロン入れない・・?
湯船から国後島も見える。海岸を掘ったら湯が出たと言う事だ。周りには大きな岩がゴロゴロしている男女合わせて7~8坪の建物だが大変だったろう。浴槽に浸かると広大な温泉の海に入っている感覚だ。湯船の底の小石の間から温泉の泡がプクプク湧いて出て来る“これは良い”ここでユックリ時間を取りたかった。
しかし残念なるかな道内をツーリングしているドライバー諸君が大声で会話しながら入れ代わり立ち代わり夏の行水宜しくザブーンと入って2分~3分で出て行く。湯は汚れるし落ち着かない。とてもくつろげる雰囲気では無い。先を急ぐのもわかるけど少しマナーを守ってもらいたいものだ。
この相泊まり温泉、地元漁師さんたちが自分達の為に岩場を掘って簡単な木枠で囲った湯船を造り自分たちの公衆浴場として建てたそうだそれを観光客にも無料で開放してくれているのに何という事だろう。
ツーリング客のメッカ!?
最近の日本、国が落ち着いて来たせいか一昔前の様にランボー者が減って優しく思いやりのある青年が増えてきたような気がしたが群れて行動するとこうなるのかなー?
少々いやな思い出を残して最終目的地、釧路へ向かう事にした。
水江 一正
福知山成美高校、買い取り価格にビックリ!
心・一生懸命がモットーの女子バスケ部
伊藤様この度はコメント頂き有難う御座いました!
7月30日伊藤様からメールが届き三菱ローザ29人乗りチョット古いんですが〇〇万円以上つかないですか?高校のバスケット部で使っており予算の足しにしたい為出来るだけ高く買って欲しいんですが?早速写真と車検証をメール添付して貰い内容について知らせてもらった。
この型のローザはアフリカのある国にマーケットが有ることが判った。それで〇〇万円で買わせてもらいます。すると伊藤様悩んでいる様子。
理由を聞くと他業者でその7割くらいの価格で話を進めていて断りにくいな~との事。バスの買取り商談は100%同業他社と競合します。〇○○の方法で行きましょう!ご安心ください。
アッソーですか?真面目な先生きっと悩んだのでしょうが翌日弊社に電話が掛かって来て明るい声で〇〇万円でAGさんよろしくお願いします。OK・・〇〇日に振り込みます。書類の流れはこの様に揃えて下さい。とトントン調子で取引が完了!したお客様でした。
聞くとこのバスは福知山成美高校(女子)のバスケット部で永年利用していたらしい。京都ではかなりレベルが高い高校で地区優勝もたびたびしている様子。このローザで全国に遠征をして帰りには勝って喜びあったり負けて反省会をしたり思い出深いバスだったのでしょう。
このバス平成〇〇年式の為、新車で遠征に行った女子生徒たちの大半はすでに結婚しているだろう。この学校の生徒達、地元の商店会の催事や盆踊りなど積極的に参加してお爺ちゃんお婆ちゃんたちにも可愛がられているようです。

振興組合の理事長賞を受賞
また活気のあるフレッシュな学校とのお取り引きが出来ました。

課外の練習風景
この度は御取引いただき有難う御座いました!
水江 一正
東村山市の最高のお祭り”どんこい祭り”
東村山市のお祭り”どんこい祭り”
9月17日、18日の両日で東村山の天王森公園にて”どんこい祭り”が開催された。
今年初めて新聞にチラシが入っていたので永年東村山に住んではいたがそんなお祭りがあるのは知らなかった。しかも第10回目だとか・・・”どんこい祭り”の所以は東村山は武蔵野うどんで有名なのとよさこい祭りを掛け合わせたらしい・・です。

そんなわけでチラシも入っていたのでこれは行ってみなければと思い17日はそこそこ天気も良かったので午後4時頃に行ってみました。

残念ながら各イベントは4時で終了で最後のパフォーマンスだけは見ることが出来ました。

出店舗は34店あるらしく時々行っている居酒屋や中華、タイ料理の店がありました。

知っているお店も多数ありました
普段のお店にはあまりお客さんは入っていなかったと思うがここでは小ぶりのハッポウスチロールの器で1杯400円~500円・・ウーン今日の売り上げの方がいいかも・・と思ったり、どこの店主も熱がこもっている。
弊社は自動車関係だが飲食店関係だったら社長もキット参加していただろうナ、私もお客様相手のイベントは好きだし・・

私が出すんだったらやはりお酒に合うサザエやホタテの浜焼きだろうな・・
お祭りのイベントも終わたことだし折角来たのだから東村山の地酒やビールでも飲んでと思ったが、お酒は確保したがつまみが無い、お好み焼き、から揚げあとはうどんとか・・


やはり家から枝豆とオシンコを目って来ればよかった・・・来年ね。
1時間くらいで私のイベントは終わりましたが少しは私も東村山市に貢献したことになるのかな!?
K・N
日本のテッペン・ノシャップ岬へ・・
日本のテッペン・ノシャップ岬へ・・
今年の夏休みは日本のテッペン・ノシャップ岬へ行って来ました。

日本最北端の地
7月下旬になると東京は今年も35度を超える猛暑日が続き始めた。北海道なら涼しいだろう?と今回は旅行業者を介さないで飛行機の予約をして見た。札幌、函館、旭川等は当然満席。稚内空港なら?取れた!でも何処か見るところは有るの? 無くても南下して道東まで行く予定だ。早速、最近メンバーになったレンタカーを予約した。
8月10日PM12:35稚内空港到着、こじんまりとしたきれいな空港だ。気温22℃湿度66%と低くかなり快適だ。
先ず宗谷岬とノシャップ岬を訪れた。

それぞれ三角の石碑とイルカのモニュメント、間宮林蔵の銅像が有る


海の色はディープブルー、かなり潮の香りが強く感じられたがこの地の深い年輪はあまり感じられないサッパリした場所だ余り感動が無い。 この先43KM先にサハリンが有ると言う。目を凝らして見た。アーあの黒く見える島がそのサハリンか?

僕は目が余りよくないしガイドもいない。多分そうだろう?と納得した。ボツボツ昼飯を食おう、見ると平屋の食堂が数件ある。 普通きれいでない食堂が美味しいものを食わせるケースが多い。と言う訳で樺太食堂へ入った。

ウニいくら丼、5色丼そしてビール。

絶品ウニ・イクラ丼と五色丼です!
この店は古くからやっているらしく日本中から観光客やライダーが来ているのが判る。 食後の感想の短冊が店中に、天井まで貼られている。

“お客さん車ならノンアルコールの〇〇ビールが有ります”一緒に ウニいくら丼が運ばれてきた。 東京でいつも食べるミョーバンで洗った苦くデレーとしたウニと違いプリッとした歯ごたえの有るチョッピリ甘さの有るウニと大粒のプリプリとしたイクラが丼ぶりに半々に乗せられている。のどが渇いていたせいか久々に飲むノンアルコールうまく感じた。 添えて出された味噌汁、利尻コンブで取ったのだろうくせのないサッパリ味だ。 この地域、売りは日本最北端だ。例えば日本最北端のコンビニとか日本最北端のガソリンスタンドとか。 日本のテッペンの観光はものの30分~40分で回切った。“ここが日本の最北端か?”位の感動しかなかった。 これから網走知床へ向かう事にする。約400㎞位は有る。北海道の真ん中の国道を走るのも快適だろう。途中手塩川温泉に一泊してレンタカーでドライブする事にした。 車種は“マツダデミオ”平成24年式、走行距離58,000㎞若干足回りにガタがきている。この車が5日間で〇万円?・・いい値段だ。オークション相場では〇十万円位の車だ。ここで又自動車屋が顔を出す。 相互2車線の国道の両側は広大な牧草地で有ったりジャガイモ畑だったりそれも地平線まで続いている。



夕焼け空に星がキレイ
スピード感が無ついつい80KM以上で走っている。前の車も同じペースで走行している。対向車も殆どいない。時々特大のトラクターやコンバインが目の前に現れる。

北海道以外では考えられない光景だ。30km位の走行で暫くとろとろ走っている少々邪魔だが知らぬ間に横道に入って居なくなるこれも北海道ならの経験だ。信号は無いし道路沿いの建物は全くなく結構快適なドライブだ。
途中層雲峡で一休み

網走には意外と早く夕方にはホテルにチェックインが出来た。 2日目は網走、知床を中心に回る予定を組んでいた。今日は移動距離が少なくゆっくり観光出来る。小清水原生花園、オシンコシンの滝、知床五胡・・定番の観光地を回ったが余り感動がなかった。



五湖を巡るのは3時間くらいかかるそうだ

1湖でやめておいた
やはりこれらの大自然は初めからツァー計画を立ててして時間を取ってゆっくり回るべきなんだろう?それも億劫なのは年のせいかもしれない。むしろ広大な地平線の真ん中を抜ける1本の国道がまるで空に向かって昇るような気分で走った爽快さこそ“北海道”を感じた。

天空への道
遅めの昼食に知人の紹介で羅臼に旨い魚料理の店が有るとの情報で知床から峠越え約30分位で“北の国から純の番屋”に着いた。

ドラマで有名な”純の番屋”
この店は十数年前、連続ドラマ“北の国から”のロケで利用された食堂だ。観光客が次々切れ目なく来る。女将らしき女性“ウチはメニューが無いからね”店には大きめの冷蔵ケースが有りそこに色々な魚がそのまま入っている。

これがメニューの代わり?
この魚なんて言う魚?これは?等と聞きながら。ホタテ、ウニ、つぶ貝の刺身とトド焼きとキンメの煮魚、刺身は当然旨いのは言うまでもない。

トド焼きはクジラの赤見の様な味で僕は初めて食した。結構ヘルシーで美味しかった。

初めて食べる”トド”
キンキの煮魚は大きく脂もかなりのっていて暫く振りに大満足!窓の外は春先流氷の接岸で有名なオホーツク海だ。その中で黒く大きな島がここから目視できる。女将さんあれは島?そうよあれは国後島よ。

ここから30㎞のところよ。へーすぐそこじゃない?そうよすぐそこに私たちの国後島が有るのよ。東京に居る時には北方領土返還等と言っても何となく交渉には時間が掛かりそうな気がしていたがここで改めて見ると“すぐ返せよ!”と言いたくなる距離だ。 その四島も択捉、歯舞、色丹、国後と名前は直ぐに思い出すが位置関係はチョット・・との思いが有ったがこうやって食事しながら目の前にその国後島が有るとなれば実感が違う。島には日本名の村や山が有る。この地の人達の先祖の墓も有る。全く理不尽な奴らが占拠している、無性に腹が立つ。その上話によると4島に住むロシア人達は不便なので帰りたがっているとの事(全島でタッタ2万人少々、沖縄より広い国後島にはたった7,000人しか住んで居ないのだそうだ。例えば我々が良く行くあの沖縄県に7,000人としたら??想像つかないですね?ほゞ無人島?)、それをロシア政府はその住民たちに居とどめる為に多額の援助をしていると聞く。今、漁業と軍事基地しかないこの地は早く日本に返せば日本の民間企業の英知でとてつもない大きな観光地になると思うが?ガスと原油の資源輸出しかないロシア政府、さあどうしますか?その資源も開発コストが下がり色々な国で増産が始まりドンドンどんどん安くなっていますよ?島を返せば優秀な日本人がロシアに協力をしてあげると言っているのですよ!等少々ストレスを感じた。
さて新鮮な魚を頂いた食事の後は風呂だ。そう言えばこの近くに露天風呂が有ると聞いた。この先に“熊の湯”が有るよ。山の中の渓流に沿った露天風呂だ。


地元の有志が管理をしているとの事。入湯料は無料! 早速タオルだけ持って脱衣して湯桶はっと?探していると湯桶はその棚の下だよ!・・チョット高圧的なオッサンの声がした。一目で観光客と見分けたのだろう色々指図する。よく掛け湯して入れよ!桶は空で置くな湯を少し入れて於け!そうしないと桶が風に飛ばされる。・・へー?その桶ひとつでもその有志が自腹で買わなければならないのだ。 フンフン。ここの湯は乳白色の硫黄・ナトリューム温泉だ。冷え性、皮膚病、筋肉痛に効くと思う。様子を見ながらゆっくりと入る“アッチー”一度は飛び出した。そのオッサンこんなのアツカーナイよ、下の方はぬるいんだよ、そう言う場合は手の平を広げて空気に充てれば暑さは感じないよ。へー?そのオッサンとだんだん親しくなりお客さん何処から来たの?時々この先に野生のシカが出て来るんだ等と世間話が始まった。真夏の山の中の露天風呂15分程の入湯だったがいつまでもポカポカとして気持ちよかった。身体も軽くなったのはこの温泉のせいだろう?

水江 一正
石垣島三島めぐりと姫ホタル☆
広大なマングローブの林
石垣島3島めぐり&姫ホタル
翌日のオプションツァーは西表島、由布島、竹富島の三島めぐり、先ず“西表島”沖縄本島に次いで二番目に大きな島なのに人口2,200人少々90%は亜熱帯のジャングルだ。この島の観光の目玉は河口から10KM辺りまで淡水と海水が混じる汽水域が有ると言う・・先ず遊覧ボートに乗船する。日本最大級と言われる広大なマングローブ林が広がっている。
マングローブとは満潮時に海水に浸たる場所に生育している色々な樹木の総称だそうだ。

10㎝以上もあるマングローブシジミ
そこには絶滅危惧種の“西表山猫”日本で最小の“カンムリ鷲”等珍しい動物が生息しているとの事。

珍しい標識が・・
“ヒョットシテ?”とガイドの説明に目を凝らしたり写真を撮ったりしていると1時間のクルージングは早かった。しかし猫も鷲も見つける事は出来なかったが川の両岸に生い茂っているマングローブ、海水の中から無数の大木が生い茂っている景色は日本国内では見られない南国の一種独特の雰囲気がある。

マングローブ樹林
そして次に訪れた由布島ここは干潮で歩いても渡れるが20㎝の海水が残る為に島だそうだ。人口十数人、水牛40数頭のこの島には亜熱帯植物園と蝶園が有る。
由布島は周囲2㎞程の全体が熱帯植物園となっておりその中に蝶々園も有る。何処にでも有る園だ。

亜熱帯植物園 無数の蝶が・・



すべてブーゲンビリアだそうです
その島へ渡るにはパンフレットで良く見かける水牛車に乗る。水牛1頭に観光客12人~13人が向かい合って座り20㎝位の海水の中1㎞程の距離をのそりのそり渡る。

島唯一の稼ぎ頭?
牛は3歳くらいからこの仕事を始め30年位仕事をするとの事。おとなしく飼い主の事を良く聴く従順な牛だ。時々止まって海に小便をジャージャ―ジャーその間客は笑いながら動きだすのを待っている。この牛車に乗っている都会の観光客は牛に接する事も少ないだろう、まして牛が目の前で小便をしている姿はもっと少ないに違いない。のどかな南国の島に来ているのを感じる。
この1キロ少々を1日数往復する10往復で12万円~13万円の売り上げだろう。特に芸や技術が必要とは思えない。楽そうな仕事だ。牛を引くガイドのオッサンもこの風景にすっかり溶け込んでいる。ノンビリとしている。途中三味線を出して“下手ですが少し歌でも”と八重山地方の民謡を歌ってくれた。“ヤレハーレヌチンジャラカヌシャーマヨー”本当に下手だった。

のどかだ~
時間に追われている都会人が世の中で最も遅い乗り物に乗り潮の香の中、水平線の見える海を渡るのがトレンディ―なのだろう?それをこの地方のパンフレットでも売りとしている。40年ほど前から始めたらしい。
チョットしたアイデアがこの地方の顔になりこれだけの観光客を集めるのだ。そして最後に寄ったのが竹富島。周囲9㎞程の島で集落全体石垣に囲まれた木造赤瓦の屋根、そしてあちこちにハイビスカスが年中咲いている。道はサンゴ礁を砕いた白砂できれいだが歩きにくい。

水牛車でノンビリと島めぐり・・
沖縄の原風景を見ている実感が有り非常に癒される。時々車庫に軽トラックを見かけるがこの風景に似合わない不思議な気がする。国の重要保存地区だそうだ。この島のオプションツァーも牛車に揺られて1キロ少々を30分位で島を回るコースだ。
この様に色々なツァーに参加しているうちに気が付いたのだがこの地域のビジネスのキーワードは牛とボートとマイクロバスが観光の中心に有ると言う事だ。どの島の港にもボートを待つ送迎のマイクロバスが数台留まっている。どのバスもサビがひどく3年持たない様だ。

ローザの送迎バスが・・
時々弊社にも沖縄、宮古島、石垣島等の観光事業者からマイクロバスの問い合わせが来るのはこれか?と感じた。
20年ほど前ベトナムの有る大手事業者からモーターボートを集めて欲しいとの相談が有り情報を集めた事が有った。船の型、サイズ、価格など中古自動車の流通に似たところがある。しかしほとんどがオーダーメードの為クルーザー等は現場迄訪問して使用歴、使用年数、相場等一艇づつチェックしないとならない。

クルーザー
その他移動方法等など重労働の割にリスクが高くかなり高度な商品知識が必要になる。係留する場所も必要だし・・結構壁が高くお断りしたことが有った。かと言って石垣牛も良いがもっと多くの経験と勘が必要そうだし・・困難!

石垣牛も有名らしい
と言う事で現在弊社の最も得意としている“マイクロバス・ミニバス”について情報を収集して見た。
最終日に石垣島半日コースの観光バスに乗った。“三菱ふそうエヤロクィーン55人乗り”だ。

弊社に先週入庫したエアロミディ
塗装はキレイに見えるが下からサビが浮いてきている。シートにタバコの焦げ跡も数多くある。年式も平成4年~6年式だ。このクラスのバスは本土のオークションでは数十万円が相場だが東京から沖縄経由して石垣島まで輸送するのが大変、船賃だけで数十万円だ。
アフリカへ輸送するほどかかる。マイクロバス・ミニバスについてもやはり同じだ。観光客は穴の開いた床、さび付いて締まりにくいドアー等余り気にしている様子も無い。水着で乗る人が大半だし・・ツァーガイドも“島だから仕方がない”と問題にしていない。
先日ツァー業者と電話で話をした時、今持っているマイクロバス売る気になれば“すぐ売れる”しかしその代わりがすぐに見つからないから困っている。との事だった。安く提供すればかなりマーケットは有るように感じた。
コンデションはピカピカ仕上げでは無く現在弊社が丁度アフリカ向けに船積みしているほどほど仕上げで船積みすれば良い。安い方が良いらしい。後はそれぞれ現地の工場でオプション部品を付けたり指定色に変えたりメンテして仕上げるようだ。
そして最後の夜は“ホタルツァー”石垣島のツァーガイドにはスキューバダイビング、グラスボート等マリーンスポーツが中心の為

今回はシュノーケリングに挑戦! グラスボートから見た海中
余り知られて居ないがここのホタルは有名らしい。八重山ひめホタルと言って本土のゲンジボタル、ヘイケボタルなどと比べて極端に小さく日本一小さいそうだ体長1~2mm位なのだ。
日没後PM7:30~8:00頃にはこの地域では数千匹のホタルが飛び交う。懐中電灯も渡されるが点けない様に気を遣う。地面すれすれに黄色い発光体を点滅させながら細く黄色い光が糸を引くようにゆっくりとそれも数千匹のホタルが飛び回っている。周りには明かりが全くない。幻想的だ。

東京ではお目にかかれない幻想的な光景
タクシードライバーの話によれば以前都会から来た女の子が感激してしゃがみこんで泣き出したとの事。何となく判るような気がする。このツァーは予約がいっぱいだったがどうしても見たくてタクシー会社に直接頼み込んでチャーターして連れて来てもらった。この光景は僕が子供の頃、下駄をはき浴衣を着て友達数人で小川の回りを飛び交うホタルを笹の葉で捕まえて持ち帰ったのをうっすら覚えている。50年以上昔の事だ。
この島のきれいな水と澄んだ空気がそれを可能にしたのだ。久々に感動した。・・
皆さんココはお勧めですヨ!
人口4万9千人の石垣島、飛行場に居る観光客の90%は若いカップル、ヤングファミリーだ。空と海を売りにしているこの島の観光。我々はやはり温泉でゆったりのんびりが良い・・少々ストレスが残った旅行だった。この次来る時にはマイクロバスと一緒に来れれば良いが?
そんな虫のよい事を考えている。のんきもの
です。
追伸)この地域何処のホテルもヤモリが多いらしい。
僕の泊まったホテルもヤモリ注意の看板が有った。夜中にケケケケケと鳴く。
土地の人達にとっては害虫も食べてくれるし“イエをマモッテくれる”有益な動物との事でした。しかし・・チョットね?

水江 一正
イスラム過激派組織がラマダン期間中にテロを呼びかけ声明!
イスラム過激派組織がラマダン期間中に
テロを呼びかけ声明

敬虔なイスラム信者
5月21日、イスラム過激派組織ISILは、ラマダン期間中のテロを広く呼びかける声明をインターネット上に公開しました。

同声明では、特に欧米諸国におけるテロの実行を呼びかけており、同組織の主張に影響を受けた者による、いわゆる一匹狼(ローンウルフ)型の民間人を対象としたテロの発生も懸念されます。
本年については、6月6日頃から7月5日頃までが、ラマダン月(イスラム教徒が日の出から日没まで断食する)に当たります。
また、ラマダン終了後には、レバラン大祭が行われます。

ラマダン日没後の食事
特にイスラム教の集団礼拝の金曜日には注意との事です。
今年もこの時期サッカー欧州選手権、ツールドフランスなど注目度の高いイベントが有ります。

サッカー欧州選手権
昨年もISILは、ラマダン月(6月18日頃~7月18日頃)に同様の声明を発出しています。
同声明に呼応したものか否か明らかではありませんが、昨年のラマダン期間中には、チュニジア沿岸部スースのリゾートホテル及び隣接するビーチが武装集団に襲撃され、外国人観光客38人が殺害されるテロ事件(6月26日)その他多くの事件が発生しています。
特にこの時期、海外旅行や大きなイベント会場に近づかないよう充分注意する様にとの事です。
石垣島、満天の星を見ながら春休み☆
風光明媚な”川平湾”

樹齢数百年?”がじゅまる”の木
今年もGWが来た。4月売り上げが伸びず4月末休んで旅行どころでは無い。弊社全員手分けしてユーザーフォローしていた。月末近く旅行業者から電話が掛かって来た。キャンセル待ちの石垣島が取れたとの事。

この時期ユーザーも休みで連絡は取れないし・・・
一度休んで英気を養い5月初めから締め直しだ!(都合の良い言い訳)と言う訳で飛行機約3時間、台湾まで約270KMそのまま飛べば20分~30分で着く程の石垣島へ行く事にした。最近、石垣島や宮古島からマイクロバスの問い合せが多い。
今回の旅行は忙しかった為、予備知識は全くない。PM17:25石垣空港到着、2年前にオープンしたばかりとの事きれいな空港だ。

新石垣空港は思ったより充実している

”ぱいーぐる君”のお出迎え
下調べが無かったため早速、出迎えのドライバーから情報収集!
この島の夜空は日本で有数の美しさだとの事。“星空ツァーは評判ですよ”“星ネ~?”ホテルへ着いて休む間もなく早速予約、約1時間後出迎えバスに乗車、15分位で山の展望台へ・・双眼鏡を渡されて空を見上げる。

高いビルもネオンも少ない石垣の夜景
僕の住む東京では満月の夜くらいしか空を見上げる事は無い。ここは高いビルもネオンも大きな工場も無い。目の悪い僕でも夜空が近く鮮明に見える。あれが北斗七星、こっちがてんびん座、おおくま座そして天の川・・その左の〇〇星は数百光年掛かってその光が今地球に届いている。次々説明されるが良く判らない。


石垣島天文台 満天の星
星と星を線で結んで“カシオペア”と書いて居れば解り易いが?等不謹慎な事を考えながら、しかし天の川と北斗七星は判った。

星もこう見えてくれれば・・ 天の川銀座
夜空を見上げながら説明等初めてだ。首は痛いしめまいはするし・・しかし興味半分で参加したこのツァーだったがこれほど星がキレイだと感じた事は無かった。

宿泊したフサキリゾートホテルのプライベートビーチからの星空
そう言えば光の速度“1光年”?光は1秒に地球を7周り半する、その光が1年掛けて届く距離だそうだ?兎に角単位が大きすぎて良く判らない。宇宙にはその星の塊りがいくつも有ってその先には・・等など色々な事を連想するとロマンを感じさせられる。
学生達が魅せられて深みにはまって行くのが判るような気がする。解説員がそれぞれの星の物語や言い伝えを説明してくれる。子供の頃聞いた話もいくつかある。童心に帰り気持ちが洗われたような気がした。弊社の社名を決める26年前大銀河にちなみ“Auto Galaxy ”だった。・・もう一度原点に戻り出直せと言われている気がした。
水江 一正
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